後頭部から、髪の毛が逆立つように

感じたことをさみだれに。

パラパラと、過去の瞬間がいくつも写真のように私の上で揺らいでいる。これらが今の私を構成するものなのか。肩や頭からエネルギーが抜けていく。浮遊。足元から新たにエネルギーを注ぐ人がいる。眉毛が濃くて小さな人。生命の熱が下から上に流れてくる。

いくつもの瞬間が重なって、いずれ消えていく。風のように過ぎ去っていく。それだけなの?と聞くと、それだけなんだよと答えが返ってくる。たったそれだけの中に何があるのか、ないのか。何も残らず薄れていって、やがて消えてしまうのか。エネルギーが抜けるとき、まわりに色とりどりの蝶が飛んでいる。光に包まれる感覚もある。


約束を破るエネルギーが蔓延している我が家。約束って何だっけ。信頼の証?いや、信頼していたら約束など必要ないのかもしれない。私の原風景に約束というものがあったか思い出せない。約束を破るときは何も感じないのに、約束を破られたら激昂する。あの約束はコントロールだったのか。

愛とコントロールが混在する。コントロールと劣等感が繋がっている。愛とエゴの違いは、簡単に言えば心にどう響くかの違い。愛に理屈は必要ない。説明も解釈も必要ない。感じればわかるもの。愛の中にエゴが混ざり、エゴの中に愛が混ざる。

劣等感も一つのツールだなと最近感じる。現実逃避に劣等感のフィルターをかけると一つの物語になる。言いわけができる。時間稼ぎもできる…ような気がするけど、実際は時間も信頼も失っていく。

私の家系には「見当違いな褒め方をする」というエネルギーがある。これも劣等感の違ったかたちで、コントロールでもある。金になるかどうかも重要なポイント。あの手この手で人に乗っかろうとする。


こどもって、「みて」「かまって」というエネルギーが時々でている。後頭部から、髪の毛が逆立つように出ている。背中や顔から出ているときもある。今日はそんな日だったので夕飯の時間を遅らせてリクエストに答えた。すごく嬉しかったらしく、その後はミュージカル女優のように歌い踊りながら洗濯物を干してくれた。そんなに喜ぶなんて、普段よほど愛が足りてないのかなぁと逆に心配にもなったけど。


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