「負けを認めろ」私が精神的に病んでいた頃

去年の夏、アーメラント島にて。

先日、ある動画で「負けを認めろ」という言葉を耳にした。心に響く言葉だ。その人は負けを認めることができたから、そこから前に進むことができて、今勝てているんだろうなと思った。

これをエネルギーワークに置き換えるなら「自分にコントロールできないことを受け入れろ」「ありのままの現実を受け入れろ」ということ。これが出来なければ、自分にコントロールを持つことは出来ない。

自分にコントロールできないこと。例えば他の人の思考や感情。自分が生まれ育った家庭。他にもたくさんあるけれど、何が自分の管轄内で、何が自分の管轄外なのか、わかっていない人が意外と多い。理屈ではわかっていても、感情が追いついていない人がとても多い。コントロールがブレていると、現実が必ずうまくいかなくなる。

コントロールのブレは、気合と根性で修正できるものではない。然るべきプロセスを経て、問題の原因を腑に落として100%納得しなければならない。この納得と諦めを取り違えている人も多い。

十数年前、私が精神的に病んでいたとき、とにかくコントロールが嵐のように激しく強かった。自らのコントロールで自分の首をどんどん絞めていた。症状は重く、医学的には遺伝的要因が強く完治することはないと診断された。心身の病の重さは、コントロールの強さに比例する。

結局、いろんな幸運も重なって2年ほどで本来の自分に戻った。いちばんのきっかけは思いがけず第一子を授かったこと。病んでいられない状況にもなったし、何より母親業をやってみたかった。それで急にシャキッと元の自分に戻ったのだ。えぇ、そんな都合よく病んだり治ったりするの?と自分でも思うが本当にこんな感じだった。

そのとき、それまで握りしめていた間違ったコントロールを一気に手放した感覚があった。思うように出世できない自分、自分の未熟な能力や人間性、理不尽な職場への恨みつらみ、その他いろいろ。

このときは何かがクリアになったというより、人生の焦点が「ママになる」ほうに移ったから、他の細かいことはどうでもよくなってコントロールを手放せたのだと思う。それはそれで問題だったのだけど……より深い学びに導かれたともいえる。これが2009年頃のこと。

うまくいかない現実や悩みの根底には、必ずコントロールの問題がある。ありのままの現実をさらっと受け入れることができず、思考になって言いわけやドラマをつくる。そこには、「認められたい、愛されたい、受け入れられたい」という強い欲求があり、「認められない、愛されない、受け入れられない」という前提がある。重要なのは、その前提。

その前提があるから、ちょっとしたことに反応して「やっぱり自分は駄目なんだ」と思い込んだり、現実を受け入れられずコントロールしようとしたりする。

自分は何を認めていないのか。何が受け入れられないのか。何が嫌なのか。課題について思いを馳せるとどんな気持ちになるのか?これらをみていくことがクリアリングの鍵になる。すべての悩みは自分の感じ方の問題で、現実の問題ではない。


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