クリアリング / 不完全燃焼の感情

昨年末に一時帰国したときに立ち寄った下町の古着屋さん。かわいかったな〜〜〜。オランダはもう秋です。

 

今日はクリアリングと感情問題について書きます。

エネルギーワークは、生きづらさの原因となるネガティブな感情(感情問題)をクリアにするワークです。

ネガティブな感情を何でもかんでも手放すというわけではありません。誰だって生きていればネガティブな感情を感じるものです。

本来の自分が感じるネガティブな感情は、自然な健全な感情。そうではなく、自分を見失うような、自分が翻弄されてしまうようなネガティブな感情、人生のトラブルの原因になる感情が感情問題です。これらの感情としっかり向き合って、感じきって学びきってクリアにするのがクリアリングです。

 

多くの人は、本来の自分の感情と感情問題を分けることができません。何がなんだかわからないまま、「これが自分」だと思っています。まあ、感情問題も含めて自分なので、ある意味では正しいのですが。

感情というエネルギーがどれだけ自分やまわりに影響を与えているか、少なくとも私はエネルギーワークをはじめる前まで知りませんでした。影響を与えるどころではなく、感情が現実をつくっているのです!今私達が生きているそれぞれの現実は、1ミリの狂いもなく自分の感情がかたちになったものです。

 

私のクリアリングの例を書きます。

最近ふと気づいたのですが、私はどこにいても心からリラックスできる友人達に恵まれて楽しく暮らしています。すごく社交的で誰とでも友達になれちゃう!というタイプではないですが、「この人って本当に素敵な人だな。」と思える人と会っておしゃべりする時間が大好きです。これは、本来の私の部分です。

ですが、とくに深く関わる相手、パートナーシップにおいては感情問題がでてきます。本来の自分が完全に消えるわけではないのですが、感情問題が本来の自分に覆いかぶさってきて、感情問題に翻弄されます。翻弄されているときは自分ではわかりませんが、何かが引っかかるのです。その違和感を感じないために「自分は幸せなんだ。」と思い込もうとしているときもありました。人から「幸せそうだね。」「うらやましい。」と思われていれば大丈夫だと思っているときもありました。でも、仮に世界中のすべての人が「幸せそうだね。」と言ってくれても、自分がそう感じなければ幸せではないのです。

 

感情問題に翻弄されているときって、自分としては「私は何も間違っていないのにどうして?」という感じです。感情問題があるということは自分に問題があるのですが、それに自分で気づけないのが感情問題のやっかいなところです。

 

相手の反応に一喜一憂して、「私ってすごく大切に思われてる。」と思ったり、「私なんてどうでもいい存在なんだ。」と思ったり。どちらも間違っていたのですが(苦笑) 感情問題があると、現実の解釈の仕方を間違えてしまうのです。相手が軽い気持ちで言った言葉を重く受けとめたり、真剣に言ってくれている言葉を気にとめずに流したり。とにかく全部の解釈を間違えます。こうなると現実はどんどんややこしくなるし、相手と心の深いところで通じあうことができません。パートナーシップだけでなく、すべての感情問題にいえることです。

 

この件を掘り下げていったところ、幼少期に「母にとって私ってどうでもいい存在なんだな。」と強く感じて深く傷ついたシーンがでてきました。その悲しみの感情を処理しきれず、早い段階で感じることをやめたのです。

感じることをやめて一件落着となればいいのですが、人の心はそういうふうにはできていません。不完全燃焼の感情を放置しても消えることはありません。たとえ無自覚であっても負の感情を持ちつづけるのは非常に不快なので、リリースしたくなるのです。それで、過去のトラウマと似たような状況をつくって同じ感情を感じることになります。相手を変えても同じ問題がでてくる、場所を変えても似たようなことで悩むのは、自分の感情問題が現実をつくっているからです。

 

私がパートナーシップでいつもトンチンカンな解釈をしていたのは「私はどうでもいい存在なのか?それとも違うのか?」という感情問題が原因でした。その答えを相手からどうにか引き出そうとしていました。ちなみに相手は母親のダミーです。私が本当に求めていたのは母の答えだったのです。でも、その答えはすでに自分が持っていました。幼少期に自分が感じたことが答えです。自分が感じたことを否定していたから「で、結局どっちなの?」と混乱して、答えを探していたのでした。

自分が感じた感情を感じて受けいれたら、霧が晴れるように感情問題は消えていきます。封印してきた感情を感じるのは楽ではありませんが、感じきったあとは「今までの自分、お疲れさま!」という感じで負の感情は一切なくなります。ただ感情が消えるだけでなく、意味がわかって納得できるからです。