日本人だからワクチンを打たなきゃだめ!? 差別のエネルギー

今朝、近所の老婦人に「まだワクチン打ってないの?信じられない!あなたたち(私とこども)は日本人なんだから一刻も早くワクチンを打たなきゃだめよ。」と言われた。

いろいろ突っ込みどころがありすぎるのだが、まず今現在オランダで私の年齢ではワクチンは打てない。小学生のこどもも同様。そしてワクチン接種は個人の判断と責任に委ねられているはず…さらに日本人だから?ってどういう意味?と、こどもとしばしぽかーんとした。しかしオランダ人ってこういう適当なことを自信満々に言う人が多いと思う…笑。

オランダに来て丸4年。これはアジア人差別?という出来事が何回かあった。実際どうなのかわからないけれど私はそういう経験が少ないほうだと思う。そして精神的なダメージはほぼない。

相手の感情をキャッチして不快に感じることは時々あるけれど、それは10分足らずで消えるので自分の感情は1ミリも揺れない。むしろ「この人はどういうエネルギーなんだろう?」とつい相手の顔をじっと見てしまって、気まずそうに目をそらされたりする。

若い頃に他の国でも似たような経験をしたことが何度かあるけれど、やはり不快な感情が一瞬で消えたのを覚えている。

差別的な行動や言動は相手のエネルギー世界のことで、自分の感覚や価値観とは重ならないので共鳴しない。差別のエネルギーは貰いもののエネルギーで、その人の本質ではないので「この人はこういう貰いものがあるんだな。」という解釈になる。

以前は、自分は鈍感すぎるのか?事なかれ主義?社会の一員として無関心すぎる?など負い目を感じたこともあった。今は、自分の学びはそこじゃないんだなと思っている。

よく差別される、差別されてすごく憤る、モヤモヤが長引くなど強い感情がでる人は差別のエネルギーを持っている。そういう人は状況やタイミングが変われば差別する側になったり、すでに心の中で差別的に人を見ていたりする。

差別に限らず、攻撃されて同じ土俵にのる人は相手と同じエネルギーを持っている。プラスかマイナスか、出方が違うだけだ。

知的で美しくて正しい言葉を並べていてもエネルギーが冷ややかな人もいる。それはその人がそういう学びを持っているということ。人の学びを肩がわりすることは出来ない。だから今日も私は自分の学びに集中する!(切実!)

 


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