【上級者向け】欠如もwantも貰いもの / 無償の愛

エネルギーワークをはじめるとき、多くの人が「何かを得たい」という思いをもっています。何かを得たいということは、今の自分の人生に100%満足していない、欠如を感じているということです。

クリアリングが進むとその感情に関する欠如がなくなるので、得たいと思う気持ちがなくなります。

そうすると、それまで「絶対に得たい」と思っても得られなかったことが思いがけず手に入ったりします。(しかしここで「じゃあ求めなければ得られるんだ」と思って求めないように頑張るのは意味がありません💧 )

別の角度からみると、欠如そのものが幻想であり「何かを得たい」と思うことも幻想ということになります。もっと言えば「何かを得られるはず」(なのに得られていない)という考えそのものが幻想であり、貰いものなのです。

これは上級者クラスで扱う無償の愛の法則からみても言えることです。相手から愛されることで自分の存在が輝く、だから愛されたい、求められたいという人はすごく多いのですが、それは誰からも愛されなければ自分の存在価値がなくなることを意味します。この思考がある人はいつも必死にどこかから愛を得ようとしていて、それがコントロールや依存になります。

親から愛されなかったという思いが強い人は、本当は愛されているのに気づけなかったり、自分を愛してくれない人ばかり好きになったり、良好な関係を自ら壊したりして「やっぱり私は愛されない。」という現実をつくります。

無償の愛とは自分から相手への愛、自分発の愛です。受けとる愛ではなく、ギブアンドテイクの愛でもなく、与えるだけの愛です。相手の気持ちと自分の気持ちを同じくらい大切に扱うことです。とは言っても相手の気持ちを100%理解することは不可能ですから、自分から相手に寄り添っていかなくてはなりません。

この話をすると「それは相手に軸を預けているだけでは?」というご質問をよくいただきますが、自分が無償の愛をもっていると相手の幸せと自分の幸せがイコールになります。依存やコントロールの関係にならないためにも自分に軸と境界線をもつことが重要です。何でも許して言いなりになるのが愛ではありません。愛があるからこそ厳しく接することもあります。

与えるだけでいいという話をすると「例えばお金に困っている人に寄付をして自分の生活が立ちゆかなくなったらどうするんですか?」と言われることがあります。これも上の話と同じで、まず大前提として自分が自立していることが重要です。

「自分だけの幸せ」でも「相手だけの幸せ」でもなく、「自分も含めたみんなの幸せ」を目指すことが、エネルギーワークでいう「大きな愛」の一つのかたちです。日々の生活のなかに愛を学ぶチャンスはたくさんあります。

とくに上級者の人がクリアリングに取り組むとき、現実で引っかかりを感じるときは、まずは自分の愛がどんなふうに欠落しているのか確認するのも一つの方法です。「なんでこの人はこんなことを言うんだろう!?(怒)」とか「あの言い方はひどい。許せない。絶対におかしい。」とか思うときに、「でも、、、もし無償の愛があったらどうかな?」と自問して新たな視点をつくるのです。

相手が変なことを言ってもやっても、何があっても、自分に無償の愛があればすべてをあたたかく受け入れられるはず。相手を否定するような感情も言葉も出てこないはずです。そしてそれこそが、こどもの頃に一番欲しかったもの。それらを阻んでいるのは一体どんな感情なのか。何が足りなかったのか。ここを探っていくことがクリアリングのカギになります。


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