こどもの教育で後悔したくない

教育について「あとで子どもに恨まれたくない」という感情があることに気づいた。でも、わが子がどう思うかは私には決められないことだ。

どんな素晴らしい教育をしても、多くの人から賞賛されても、恨む子は恨むだろう。人はいくらでも現実を歪めて受けとることができるから。自戒。

ひとつ法則があって「子どもに恨まれたくない」と思っている人は必ず子どもに恨まれる。または不満を抱かれる。

私の父はよく言ってた。「親を恨むなよ、親のせいにするなよ」と。何故そんなことを言ったのか?

おそらく父は父の親(の教育?)に不満を抱き、自分の人生は親のせい(または環境のせい。少なくとも自分のせいではない)と、少なからず思っていたのではないかな。そうでなければ、そんな発想や言葉が出てくるわけがない。

果たして実際はどうだったのかな?私は、人生とは生育歴がそのままスライドしたものではなく、与えられた環境を自分がどう料理するか?で決まると思っている。

人生は環境で決まる、自分の人生は自分以外の何かのせい?それは依存。

でも、みんな好きなようにすればいいと思う。恨みたいなら好きなだけ恨めば。何をしても何かを得るだろう。

「何も得られない」と知ることもまた学びだ。学びきって渦から抜けて、新しいことを学ぼう。自分の人生を生きよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA