どんな問題にも解決策はある。ただし一つ条件がある。自分が「解決できる」前提の世界にいること。絶対に無理だと長年思っていたことでも、思いがけないところから解決する。すぐに解決できないからと諦めてはいけない。何年も、何十年も経って初めて意味がわかることがある。待つだけではだめ。どんな状況でも、希望を持たなければならない。せめて希望を持ちたいと思わなければならない。「解決できない」前提の世界にいると、いつまでも問題は解決しない。何かの拍子に問題が解決しても、また何かがやってくる。解決できない問題を後生大事に抱えつづける人生。
含蓄のある文章、という言葉をふと思い出した。確か小学生の頃に、父が勧めてきた谷崎潤一郎の文章讀本で知った言葉だ。その本はサワリしか読まなかったけれど、含蓄という言葉が心に残った。最近、あるオランダ人が書いた文章の添削をする機会があった。彼は平均的な日本人がまず読まないであろう難しい学術書などを日常的に日本語で読み、書かれた日本語も当然もものすごく流暢なのだが、何か美しすぎる、英文和訳したような文章。これが、low context culture と high context cultureの違いなのだなと肌で感じ、大変興味深かった。要は、日本人からしたら、そこまで書かなくても文脈でわかるよ!ということを全て言語化している。思考回路も違う。やっぱり私は日本人だからなのか、余白や余韻や含蓄を心地よく感じる。
多少無謀でも、本当にしっくりくる夢なら追いかけたほうがいい。追いかけるだけ追いかけて無理だったとしても、とことんやれば道は拓ける。そういう夢を見つけられた人は幸せだと思う。それが、何よりも強い軸になるから。多少の困難にもめげない強い軸。それでも何度も挫けそうになるし、軸が揺らぐこともあるけれど、やっぱりどこか諦めきれない。こちらが逃げだそうとしたら、あちらが追いかけてくる。夢を追いかけるとき、物事がうまくいくことより、うまくいかないことのほうが何倍も貴重で重要である。好きなことを見つけることの最大の意義はここにあると思う。好きなことだからこそ、大変なことがあっても葛藤し、苦闘し、学ぶことができる。人生の味。

