数日前の記事の続きです。
ドラマは自己陶酔。
自己陶酔の愛はまぎらわしい。例えば、我が子のために尽くしたり悩んだり。お金をつかったり。でも何かがおかしい。何かが過剰、何かが不快。
それは我が子への愛ではないから。それは、「私はこういう母親だと思われたい、こう見られたい」という目的のためにやっているだけ。または、我が子は自分の付属品だから大切にしているだけ。そのままの我が子の存在、我が子の自由な感情には興味がない。その子がその子である必要はない。よい付属品であれば中身は誰でもよい。だから価値観を押しつけるし、決めつける。
それは目に見えない暴力。人を愛する能力の欠如。
このエネルギーを持っていると、親子以外の人間関係でも同じことをするし、同じことをされる。


