依存/存在の不確かさ/欠如を埋める

新しい家の近くの森。これからは毎日この森を抜けて学校や街にいって帰ります。楽しみ。

ご無沙汰しています。引っ越しは9割くらい完了。なんだかやっぱり激動の4月でした、、

ですが万事順調。エネルギーワークをやってきてよかったなとしみじみ実感しています。

この1ヶ月で感じたこと、書きたいことはたくさんあるのですが、今日は依存について書きます。

私はいわゆる依存体質でした。

ワーカホリックでヘビースモーカーで、常にパートナーがいて。どっぷり依存して生きてきました。

今はたばこも吸わないし、パートナーもいないし(笑)、仕事は大好きですが、中毒ではないです。

依存とは、欠如を埋めている状態。何の欠如か?自分の存在の欠如です。

もちろん存在が欠如している人なんていません。みんな存在しています。

でも、本当はちゃんと存在しているのに、自分の存在が不確かに感じて、欠如を感じて依存したくなるのです。

自分の存在に確信が持てないから、自分以外の何かをつかって、自分の存在を際立たせようとする。そうしなければ自分が消えてしまうように感じる。これが依存の仕組みです。

なぜ、自分の存在が不確かだと感じるのか。その原因は必ず幼少期にあります。

人は幼少期に、誰か(親)に自分の存在を認識されて初めて「自分」を知るのです。

親から存在を肯定された人は、自分の存在をしっかり認識して自分を肯定できるようになります。

ここで最も重要なのは、言葉や表面的な事実ではなく、エネルギーが認識されるということです。

「あなたが大好き。」という言葉を発していても、そこに心がなければ、心のなさが伝わります。

手間ひまかけて、お金をかけても、それが親の世間体や保身のためだったら、それが伝わります。

親はあんなことも、こんなこともしてくれたのに、なぜ私はこんな気持ちになるんだろう、とか、

親は親で大変だったんだから仕方ない、とか、納得しようとしても、感情がすっきりしないなら、感情の認識がズレているのです。

どんな現実でも、きちんと感じて理解できれば、エネルギーはクリアになります。感情は落ち着きます。

だから親が悪いというわけでは全くありません。親のせいにする、親を反面教師にするのは、親への依存です。

クリアリングは、親と自分のエネルギーを切りわけて、本来の自分の感情を思いだす作業でもあります。

欠如を埋めるのは不可能です。エネルギーを感じきって、本当は欠如なんてなかったんだ、と、深く腑に落ちれば依存は消えます。

(友人のママのボーイフレンドお手製の庭の秘密基地。とっても素敵でした・・・!)

この度の引越しで、つくづく実感したことがあります。

依存がクリアになったら、すごく人が助けてくれる!しがらみなく、ベタつきなく。

神様の遣いですか?とききたくなるような親切な人が次々と登場して。こういう親切を受けとれるのも自分に軸があるからこそですね。

依存体質だった頃は、お返しすることに躍起になったり、自分でできることも丸投げしようとしたり。健全な関係じゃなかったな。

そして、この引越しを機に新たな学びがスタート。魂の学びの旅は、終わりません。


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